はんげ しょうず
夏至-半夏生

新暦6月30日 から7月4日
公開日:2017年7月2日

 半夏生(はんげしょう)の葉が、白く色を変えはじめます。
 半夏生はドクダミ科の多年草で水辺や低湿地に生え、一種の臭気がある植物です。また一説に半夏(はんげ)、別名を烏柄杓(からすびしゃく)という名のサトイモ科の草が生える頃のこと、という説もあります。
 この時季は二十四節気の夏至の末候にあたり、梅雨もそろそろ終盤にはいります。昔から農家ではこの頃までに田植を終わらせる目安としていたのだとか。この時季に降る雨を半夏雨(はんげあめ)といい、大雨が続くという言い伝えもあるそうです。この半夏雨が田植えを終えた農家の休息日になったともいわれます。
 各地には、この時季に蛸やうどん、鯖を食べる風習が残っている地域もあります。梅雨の湿気で体調も崩れがちなこの季節を、栄養をつけて乗り越え、夏本番を元気に迎えようという古からの知恵なのでしょうか。

茶の趣向・心配り

掛物

【風颯々水冷々(かぜさつさつ みずれいれい)】

 息苦しい暑さの頃こそ、茶席では涼やかなもてなしを心掛けるものです。だからこそ文字を見ているだけで涼しさが感じられるような言葉はいかがでしょう。
 “風颯々”は風がさわさわと木々を揺らして吹き渡ると、なんともいえず爽やかな心地という意味です。“水冷々”は、冷たい清水がほとばしる様もまた実に爽やかなものだと表しています。

薄器

【義山(ぎやまん)】

 義山の語源はオランダ語の「Diamant(ディヤマント)」です。これはダイヤモンドをいう意味の単語で、ガラスを削り出すのにダイヤモンドを使用していたため由来しました。
 ガラスを切り出し加工した姿は、光をきらきらと零すように反射させます。江戸末期には切子細工の技術が確立し、江戸切子や薩摩切子といった工芸ブランドとして愛好されるようになりました。
 わずかな光を受け止めて輝く様は、水面を思わせる美しさがあります。夏の趣向にとりいれたい器です。

茶花、季節の植物

【半夏生(はんげしょう)】

 ドクダミ科の多年草です。水辺に生え、高さは約60㎝~1mほど、全体に臭気があります。葉は長卵形で6、7月ごろ、上部の葉が数枚白くなり、これと向かい合って花穂を出し、白い小花が咲きます。名前の由来は半夏生の頃になると白い葉をつけるので半夏生、また葉の半分が白くなるので片白草(かたしろぐさ)、半化粧(はんげしょう)ともいいます。
 茶花としては、他の花物を根締めに添え、葉の特徴を生かすように活けるとよいでしょう。

季節のお菓子、食べ物

【岩もる水(いわもるみず)】

 深みのある草色に染めて煮た葛で苔むす岩を、白い部分で水を表わしたお菓子です。岩や苔から清水が湧き出るような清々しい風情があります。この透明感は上質な本葛を用いないと表わせないものだとか。裏千家十三代圓能斎(えんのうさい)の好み菓子とされています。
 なお、葛は冷蔵庫で長時間冷やすと白濁し、また葛本来の食感がなくなってしまうのでご注意を。

茶趣・行事ごと

【精中圓能無限忌(せいちゅうえんのうむげんき)】

 裏千家十一代玄々斎精中(1810~1877)、十三代圓能斎鉄中(てっちゅう)(1872~1924)、十四代無限斎碩叟(せきそう)(1893~1964)三忌の合同法要が7月5日に裏千家家元で行われ、釜が掛けられます。
 玄々斎は松平家より10歳で裏千家に迎えられ、立札(りゅうれい)式、茶箱の点前などを考案しました。また明治維新後、茶道界を代表して政府に建白書を提出するなど茶道衰微の時を切り抜け、中興の祖と仰がれています。圓能斎は14歳で家元を継承し、一時東京に出て流儀の発展に尽力し、明治40年に千宗旦の二百五十回忌法要大茶会を営みました。無限斎は流儀統一のため淡交会を結成し、海外普及と文化交流に尽力しました。
 当日は三宗匠の遺徳を偲び家元の供養が行われたのちに七事式が催され、また供養釜が掛かり三人の好み道具が取り合わされます。
 
   ・七事式(しちじしき)……茶道の心技の練成を目指して制定された七つの式作法。

【朝顔市】

 東京入谷の鬼子母神(きしぼじん)で知られる真源寺で毎年7月6日から8日まで開催される朝顔市は、日本最大の朝顔市です。この市には境内や言問(こととい)通りにおよそ120軒の朝顔業者と100の露店が並びます。
 朝顔は奈良時代末期に中国から渡来し、当初は種が薬用として珍重されました。その後江戸時代に入ると朝顔栽培が一大ブームになり、様々な変化朝顔がつくられました。また入谷の朝顔が世に知られるようになったのは江戸時代末期の頃のこと。さらに明治中期になるとその出来栄えの素晴らしさから、鑑賞用として広く知られるようになったのだとか。大正時代に一度入谷の地から姿を消しましたが、戦後に朝顔同好会(現 朝顔実行委員会)により再び朝顔市として再開され、今の姿を取り戻したそうです。
 長く下町の夏の風物詩として親しまれてきたこの朝顔市、今では3日間で約40万人の人出でにぎわいをみせます。

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