むぎのとき いたる
小満-麦秋至

新暦5月31日 から6月4日
公開日:2016年5月31日

 麦が熟して、畑一面が黄金色に染まる頃を表しています。語感から少しややこしく感じるかもしれませんが、「麦秋(ばくしゅう)」は旧暦4月の異称です。
 最近では少なくなりましたが、これは二毛作からくる風景です。二毛作とは米を収穫したあとの田んぼを使って主に麦などを作り、一年で二種類の作物を収穫することになります。稲を刈り取った秋に麦の種をまくと、5月~6月頃にちょうど収穫期を迎えます。黄色く色付いた5月の麦畑は、かつて麦秋としてよく見られる光景でした。
 この麦秋の頃に、麦の穂を揺らし、麦畑の上を渡っていく風のことを「麦嵐」または「麦の秋風」といいます。またこの頃降る雨のことは「麦雨(ばくう)」というのだとか。
 もうすぐやってくる梅雨を目前にして、さわやかな風が吹き抜ける、ひとときの過ごしやすい時季です。

茶の趣向・心配り

花入

【舟花入(ふねはないれ)】

 舟形の釣花入です。丸太舟、太鼓舟、沓形などの形があります。多くは竹製ですが、唐銅や砂張、陶製もあります。
 舟から水が連想されるためか、涼やかな趣を求める風炉の季節に用いられることが多いようです。しかしながら掛け方次第で多様な意味合いを表現することが可能であり、正月などにも用いることができるでしょう。例えば掛け軸へと舳先を向けると入港を表しており、「入り船」とされます。これは正月ならば宝船を表すことができます。逆に床の間の外に向けると「出舟」、こちらは新たなる門出がある際などに使いたい意味合いです。
 たいていの場合は釣って使うことが多いですが、置いて用いる例もあり、茶人の趣向次第で多くの楽しみを見出すことができる花入れです。

  ・唐銅(からかね)……銅、少量の鉛、スズの合金。始め茶褐色で時代を経ると黒味を帯びる。
  ・砂張(さはり)……銅を主としスズ、鉛を加えた合金。黄白色の淡い色合いが好まれる。

茶碗

【黄瀬戸(きせと)】

 この候のあたりには、黄金の麦畑を思わせる黄色の茶器などいかがでしょう。黄瀬戸は黄釉の器で、安土桃山時代に美濃地方で作られました。茶碗として制作された例は少なく、そのほとんどがお皿や小鉢として焼かれたとされています。
 黄瀬戸では、じわりとした釉面としっとりとした質感の「あぶらげ手」が特に代表的です。焼成時に台のあたりについた焦げ跡が、器に興味深い景色を加えています。
 茶碗としての数が少ないだけあり古作はとても珍重されていますが、器風景としての面白さから現代陶芸家も多くとりあげています。ひとつ所有していると、永く眺めて楽しめるのではないでしょうか。

茶花、季節の植物

【未央柳(びようやなぎ)】

 オトギリソウ科の半落葉低木で、高さ約1mほどになります。葉は長楕円形で先が丸く、茎は褐色でたくさん枝分かれします。夏、黄色い5弁花を開き、多数の長い雄しべが群がり立つのが特徴です。古く中国から渡来し、庭木などで長く栽培されてきました。
 未央柳の名前の由来は、唐の玄宗皇帝時代、長安の都にあった宮殿・未央宮の庭に植えられていた柳に似ていたことから名付けられたのだそうです。別名の金糸桃(きんしとう)は黄色い雄しべを金の糸に見立てたからとか。
 垂れ下がる花なので、その自然な曲線を生かして活けるとよいでしょう。

季節のお菓子、食べ物

【麦代餅(むぎてもち)】

 麦刈りの頃、田んぼの畦などで昼食の代用に食べた餅菓子です。麦手餅と記すこともあります。特に京都市、中村軒が製造・販売する銘菓が有名です。丸くのばした白餅を二つ折りにして、粒餡をはさみ、よく焦がしたきな粉をかけたものになります。
 他にも、 餅の中に漉し餡を包み、きな粉をまぶしたもの、もち麦粉がはいった餅生地を使ったもの、はったい粉(麦粉)をかけたものなど、お店によって様々なかたちがあります。いずれもかつて農家で、麦刈りの忙しい作業の合間に簡単に食べられる昼食や、おなかを満たすおやつとして食べられていたものがもととなっています。その由来ゆえか素朴で野趣あふれており、こころがホッとする餅菓子です。

茶趣・行事ごと

【栄西忌(えいさいき)】

 栄西は鎌倉時代初期の禅僧で、日本の臨済宗の開祖です。二度にわたり宋に留学し、帰国に際して茶の種(一説に茶の樹)と宋風の喫茶法を持ち帰り、種は京都・高山寺の明恵(みょうえ)上人に贈りました。これを明恵上人が栂尾と宇治に植えたのが、今日の茶樹繁殖の基になったと伝えられています。
 栄西は鎌倉に寿福寺、京都に建仁寺を創建し、日本最初の茶の書物 『喫茶養生記(きっさようじょうき)』を著しました。亡くなったのは建保3(1215)年7月5日ですが、今では1か月繰り上げた6月5日に、その茶祖としての徳を慕い、建仁寺法堂で供茶が行われ、寺内の東陽坊で添え釜が掛けられます。

【衣更え(ころもがえ)】

 平安時代より宮中では、4月1日から夏、10月1日から冬の装束となり、調度のしつらえまでも取り替えたそうです。その風習が現代に受け継がれたのが、6月1日の衣更えです。 
 和装ではこの日から裏地のない単衣にかえます。また、京都の町屋ではふすまや障子をよしず障子に替え、畳の上に花ござを敷くなど、夏への模様替えをする習わしがあります。実際の触感もさわやかで、見た目にも涼しげな演出です。
 とはいえ、昨今衣更えが行われるのは学校やオフィスの制服くらいになりましたが、街で女子高生の白いセーラー服などを目にすると、あらためて初夏の到来が実感できますね。

全てのお便りの一覧へ
このお便りの先頭へ

このお稽古にしおりをつけました。
しおりのページでまとめて見れます。

残りのしおり数を増やすには?