にじ はじめてあらわる
清明-虹始見

新暦4月16日 から4月20日
公開日:2017年4月15日

 雨上がり、空に初めて虹がかかる頃のことです。
 夕立の後など、太陽と反対側の地表から空にかけて弧状にかかる七色の帯が虹です。空中の水滴によって、太陽光が分散されて生じます。
 冬は大気が乾燥しているために、虹は見えにくいとされています。春になり大気が潤い始めてくると、ようやく雨のあと美しい虹が見えるようになります。
 虹といえば夏の季語のひとつであり、真っ青な夏空を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし実は「初虹」という言葉があることはご存知でしょうか。これは立春後にはじめて立つ虹のことをいい、春の季語となっています。まだ太陽の光が柔らかいからでしょうか、この時季の虹は夏の虹よりも淡く、どこかはかなげな感じが漂うのが特徴なのだとか。
 空気が潤い始めるこの時季、空にかかる虹の美しさに身も心も潤ってくるようですね。

茶の趣向・心配り

掛物

【弄花香満衣(はなをろうすれば か えにみつ)】

 野の花を摘めば、その花の香りが衣服に満ちあふれる、という意味です。
 日本には古来より『香』の文化があり、その始まりは飛鳥時代といわれています。平安時代にもなると貴族は男女ともに衣へと香を焚きしめ、その芳しさを貴ぶようになりました。茶道で用いる『香合』は、まさにその時代の道具がほとんど姿を変えずに現代へと継承されている例だといえるでしょう。
 まだ化学香料などが発達していなかった時代、植物の柔らかな香りが衣服に移るのを楽しむ、そんな繊細な感性を思わせます。

茶碗

【玉子手(たまごで)茶碗】

 高麗茶碗の一種です。釉色が卵の殻のような薄黄色なので、この名が付いたそうです。素地は細かい白茶色の土で、口部はやや端反り(はたぞり)で、丸みのある椀形(わんなり)をしています。色味といい丸みのある形といい、そのまろやかな趣は“玉子”の名を持つに納得する意匠となっています。
 口縁から裾にかけて縦に貫入があるものが多く、また、兜巾(ときん)高台が一般的であるとされています。
 その玉子の印象からか、『やわらか手』と同一視されることもあります。“玉子手”の全てが必ずしも“やわらか手”だとは言えませんが、確かに手の中で抱かせる感慨はとても近しいのではないでしょうか。

  ・兜巾(ときん)高台……高台内の中央部が少し突き出た形をしたもの。修験者がかぶる兜巾(布製の小さな頭巾)に見立てての名称。
  ・やわらか手……高麗茶碗の分類のひとつ。とろみを帯びたような、柔らかな形が特徴。茶碗肌もまろやかで釉をねっとりとかけるようなものが多く、見る者に名の通り“柔らか”な印象を抱かせる。

茶花、季節の植物

【貝母(ばいも)】

 ユリ科の多年草で高さ約50㎝ほど、別名を編笠百合(あみがさゆり)ともいいます。
 貝母という名前は漢名で、これは地中に貝のような球根があり、そこから茎を出していることによります。和名の編笠百合というのは花の形が編笠に似ているためです。中国原産で、日本には江戸時代に渡来したそうです。春、薄い黄緑色で鐘形の花を下向きにつけ、内面に紫色の網状の模様があります。地下茎は厚い鱗片からなり、漢方ではこれをを煎じて咳止め・痰切りなどに用います。
 茶花としては、根締めにも、また一種活けにも用いられます。

季節のお菓子、食べ物

【真鯛】

 春は入学や就職など人生の転機も多く、それを皆でお祝いする機会も数々ありますね。そんな時の食卓に登場してほしいのは、やはり鯛でしょうか。
 スズキ目タイ科の海水魚の総称を鯛といいますが、単に鯛というと一般的には真鯛のことを指します。真鯛はタイ科の海水魚で、沿岸の底層に棲み、全長約90㎝ほど。体は楕円形で側扁し、全体に赤色です。脂肪が少ないので味が落ちにくく、縄文時代からすでに食用にされていたとか。また、平安時代の法令集『延喜式』には、朝廷へ鯛が献上されていたという記述もあるそうです。
 姿形が美しく、また、「めでたい」に通じることから縁起のよい魚とされ、よく祝い膳に尾頭つきで用いられます。真鯛の旬は春で、特に桜が咲く頃に獲れるものは産卵期を迎えて見事な桜色になることから、「桜鯛」と呼ばれ喜ばれます。お刺身や煮つけ、焼き物もいいですし、あつあつのご飯といただく鯛茶漬けも、また格別ですね。

茶趣・行事ごと

【豊国廟献茶(ほうこくびょうけんちゃ)】

 豊臣秀吉の霊を祭る豊国廟(京都市東山阿弥陀ヶ峰)で4月18日に表千家、裏千家家元奉仕による献茶祭(毎年両家交替)が行われます。(表千家は本社にて献茶)あわせて残月亭または桐蔭席で釜が掛かります。

【明治村茶会】

 愛知県犬山市の「博物館明治村」で4月中旬の二日間開催される、恒例の茶会です。明治村は明治時代の貴重な建築の保存と公開を目的として、昭和40(1965)年3月に開館した野外博物館です。ここで、茶の湯を通して明治の文化、芸術に親しんでもらうために昭和42(1967)年から茶会が催され、毎年多くの参会者でにぎわいます。この茶会では、毎回各地の美術館や数寄者が席主となり、名品・優品が楽しめます。

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